土
02
4月
2011
被災地の現状を知りたくて千葉県旭市に行ってきました。限られた時間では東北にはたどり着けそうもないので、同じ津波の被害があった旭に日帰りで行くことにしました。一昨日ブログに書いた震災に対して知恵を求められながら、現況を知らず知恵が浮かばなかったことへの後ろめたさが契機になりました。
旭を訪れるのは今回で2度目になります。15年前に友人の建築家高安重一氏の郷里ということもあり、お邪魔させていただきました。その時は旭・銚子・波崎あたりを案内していただき、激しく岩にぶつかる波や小高い丘から望む穏やかな海の姿に多彩な自然の表情を見たものでした。そして、広がる田畑やハス畑に囲まれ、田中棟梁が修復した民家で大いにくつろぎました。自然と暮らす営みに豊かさを感じたものでした。
そんな思い出を抱きながら旭を訪れました。駅は海岸から距離があるせいか津波の影響はほとんど感じません。
海辺に向かうバス路線は運休しているとのこと。タクシーで向いました。津波の被害が大きかったのは飯岡と呼ばれる漁港のある地域です。海岸線沿いの九十九里ビーチラインと海が最も接近しているところでもあります。
道路は復旧しているものの地震の影響で起伏が激しく波打つ状態がところどころにあります。
飯岡に着くと完全に流されてしまった家の跡や、家は残ったものの「使用不可」の赤い紙が張られているものがあります。家が瓦礫となってしまい敷地にうず高く積まれ撤去を待っているところがまだまだあります。解体最中のところもあります。
木造でも比較的新しいものは壁のボードが割れる程度で、見た目には大きな損傷を受けてないものが数あります。商店街の中には被害を受けながらも開業している八百屋さんの姿も見られます。
瓦礫は飯岡漁港のそばの空き地や海上の中学校の旧校舎の跡地に運ばれています。これからますます増えて衛生面の影響が気になります。
タクシーの運転手さんが言っていました「津波が来たのが満潮ではなく潮が引いたときで、地震から時間があった事がせめてもの救いだった。」と。
復旧には時間がかかりそうです。避難所で生活される方もまだまだいらっしゃるとのこと。どうか早く安心できる落ち着いた生活が迎えられますようにお祈りいたします。そして、被害にあわれた皆さまにはお悔やみ申し上げます。
写真は撮りました。でも掲載しません。写真では現状を伝えきれないと思いました。写真は部分を切り取ったに過ぎずその部分を過大に評価させてしまったり先入観を与えてしまうことがあります。今回、実際に現地を訪れた理由に、報道からは見えない姿を知りたかったのです。そして、たった数時間そこにいただけ事ですから、本当のところは理解は足りていないと思います。