日
03
4月
2011
桜木町にやってきた。目的は映画観賞とそのあとに催される誕生会。今日のシネコンの上映スケデュールは上手く出来ていて、子ども達が観る映画と大人が観る映画がちょうど同じ時刻に始まりほぼ同時刻の18:30に終わる。それからシネコンの向いにある中華で誕生会となる。
桜木町に到着すると駅前広場には結構な人だかり。ブラスバンドの演奏とその聴衆達。演奏が終わり指揮者が話す。「被災された人のことを思うなら、我々が元気にならなくてはいけない。みんなが暗く落ち込んでしまってはいけない。さあ買い物をしましょう。」と。私も同感。
さてシネコンに到着するとロビーはこれまでに見たこともない大勢の人。映画の日でもなければ特別割引のキャンペーンもない。聞けば他の映画館はやってなくてここに集まったらしい。お目当ての劇場を見渡すとタイタニック以来の人の入り様、8割の座席は埋まっていただろう。
「英国王のスピーチ」は1920~1940年代の英国王室の実話を題材にしている。さわやかですがすがしい映画であった。それでいて手に汗握る緊張感も同時に味わえた。そして、「ブラボー」を心の声で叫びながら軽く拍手をした。「努力は報われる」いい映画だ。
吃音症(ドモリ)の国王とそれを治療する無資格療養士の身分を越えた友情と、その二人それぞれの家族の愛情が心地よい。そして階層に階層なりの幸せも悩みもある。
歴史的なバッキンガム宮殿内に巨大な当時最新鋭の放送設備が対照的に並ぶ。現代から見ればノスタルジックな映りがまたおもしろい。
このころのスピーチ・特に権威者のスピーチは如何に重要でデリケートであったかうかがい知ることができる。スピーチの原稿はもとより話す者の抑揚や発せられる言葉と言葉の間のとられ方によって聴衆の印象は左右される。改めて言説が持つ効果とその重要性を知ることとなった。
一部ヒットラーの演説のシーンが流れる。英国王がその天才的なスピーチにあこがれながらも、対照的に一途な彼のスピーチが英国民を一つにする。
Youtubeで欧米人の見事な建築設計のプレゼンを見る機会がある。さすがである。歴史の違いか教育の違いか。
自らを省みる。修行が足らないのか、一途さが足らないのか。