金
22
4月
2011
渋谷 コンクリート打ち放し
これは渋谷のハンズに行く途中に見かけた工事現場の写真です。どうも職業柄建設現場に出くわすと気になって確かめる習性があるようです。この現場はまだ解体中です。中央の異様な木製の壁が気になり写真に収めました。
この綺麗な格子に組まれた木製の壁が何かお分かりになりますか。ご年配の建築関係の方は懐かしく思われるのではないでしょうか。恐らく私の年代以降の方には馴染みが少ないのではないかと思います。
私も初めてみるこの光景に、しばらく周辺をうろつき角度を変えて見ていました。規則正しく並べられた木格子。しかも黒く相当古そうです。
そしてやっと結論が出ました。それは隣のビルが建設された時に遺されたコンクリート型枠です。
隣のビルが境界ぎりぎりに建てたとき、外側の型枠は敷地の内側から設置できます。そして鉄筋を内側から組んで最後に室内側の型枠でふたをします。そこにコンクリートを流し込みます。コンクリートが固まった頃に内側の型枠を外します。でもその外側の型枠を外すスペースもなくてそのまま残されたのでしょう。つまりは型枠さえも外さない「コンクリート打ったまま」状態なのです。
この型枠は現在のコンパネと呼ばれる合板とは違い、小幅の杉板を枠にただ打ちつけたものでした。サイズもある程度揃い枠が廻り強度もあって、何度も使いまわされていました。そのため型枠にはセメントがいたるところにへばりつき重たいものでした。私が幼少のころ祖母の家を半ば父が自ら建てましたので、その手伝いで型枠を運ばされました。思い出深い出来事です。
隣との隙間がわずかしかない古いビルによく見かけます。それってどうやって施工したのかいつも疑問でした。今日少し解決しました。でも後から建てたビルも同様に捨て型枠で建てたのでしょうか。まだ少し疑問は残ります。
そして写真の捨型枠はそのままに新たにビルが建設されるのでしょうか。これも疑問です。
現代ではこの杉板型枠をコンクリートに木目が映されるので好んで使われる方がいらっしゃいます。
再流行といいますか再び脚光を浴びせる機会になったの新国立劇場を設計された柳沢孝彦氏によるものではないかと思います。ただその頃は型枠の表面は樹脂製だったと所員の方から聞いたことがあります。当時柳沢氏は大規模公共建築を手掛けていらしたので、本物の杉板型枠は木目がプリントできるのは1回限りなので、途方もなく型枠を廃棄することになり、やはり本物の杉板ではないかもしれません。
もうひとつコンクリート打ち放しと言えば安藤忠雄さんの存在は忘れられません。安藤氏は近代建築の巨匠ル・コルビジェを手本とされていらしたので、コンクリート打ち放しは古くから彼の表現方法にあったと思います。彼の功績はそれまでにないツルツルピカピカのコンクリート打ち放しを実現したことです。安藤氏がコンパネにペンキを塗ったことが始まりだそうです。
まさに 一念岩をも通す 美へのこだわりです。