土
28
5月
2011
地鎮祭
今日は大安。旗の台のマンションの地鎮祭が厳かに執り行われました。
天候は例年になく早目の梅雨入りとあって小雨です。現場は解体工事を終えて土砂が露わになっていてぬかるみを心配しましたが、工事用の鉄板が敷かれていて足元の不安はありませんでした。
今日の地鎮祭はいつになくリラックスして臨むことができました。リラックスしすぎなのか、昨夜、突然奉献酒の用意ができていないことに気づき、慌てて近くの酒屋を訪ねましたがすでに閉店。何とか小一時間かけてお酒を選びのしを付けてもらい一安心。包装紙がかわいいものばかりで危うく水玉模様になりかけました。こんな時過剰包装とはありがたいもので、先にまっ白の包装紙でくるんでその後選んだ柄で包まれるようです。その作業を見てて下の白だけにしてもらいました。
現地はテント一張だったので祭壇と神職・立会者含め10名はとても入りきりません。 テントからはみ出す人もいて気の毒でした。設計者は建築主関係者の次のポジションなので祭壇の近くに列しました。
建築主につづいて鋤入れをしました。施工者も含め3者とも鋤でした。
工事の安全と繁栄を皆で祈りました。
式の後施工者とこれからの工事の話をしました。意識の大きな違いに驚かされました。というのも各工事に着手する前に施工計画書・要領書と施工図を提出させてチェックするのですが、杭施工図が提出されません。これまで描いたことがないといいます。
設計者が作成した構造図の杭伏図と杭仕様書をそのまま下請けに流しています。自分で現場を確認することやそれ以降の工事が完遂できるか確認を怠っています。
この現場はいろいろな斜線制限をクリアしながらめいいっぱいに建てられているので建物の配置は慎重にしなければなりません。そのため実際の敷地が測量図通りかまず確認しなければなりません。しかしこの施工者は確定測量しているから正しいといって再確認を省こうとします。建物の配置が図面どうりにできるのかとても気になる私は、それでも確認はすべきと主張すると、とうとう相手は怒り出してしまう始末でした。先が思いやられるのですが、それは承知済みです。
街の建築こそ品質を良くしなければなりません。簡単に建てられ簡単に取り壊されています。引き渡せばいいと思っている工事業者は少なくありません。建物は引き渡された後が大事なのです。その意識がないといい加減な粗悪建物ばかりができてしまいます。
役所や住宅金融支援機構などが建設の各段階で検査を行います。それは目に見える部分・できた部分を見ているにすぎません。そこに至るまでの正しく作られたか、危ういところはないか、コスト・時間・安全を含めて確認するのが監理者の業務です。
施工者は引き渡すことを目的にしていますので、いい加減な管理で済ましまう。ですから品質のチェックは役所や検査機関任せになっています。目的に合致しない余計なことはしません。それが品質低下や竣工後の不具合の原因が判らず対処療法で済ませています。
しかも「うちは大丈夫です。10年保証します。」は口癖です。それは法律で住宅は構造体と防水はそうしなければならず、そのための保険に入らなければならない制度だからです。10年保証できる技術力がありますとはだれも言いません。 自分の技量は棚に置いてなにかあったら保険に救済してもらう。だから技術に無責任・無関心な算盤勘定ばかりやっている業者が多いこと。
技術力をもって生きてきた大工は数少ない。絶滅危惧種です。にわか大工が大手を振るい闊歩する。技術大国日本のおかしな惨状です。