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6月

2011

東京タワー

 久しぶりに東京タワーにやってきました。1階の展示を観終えて4階のカフェで一休み。その横に映画「3丁目の夕日」で実際に使われた昭和33年当時のジオラマが展示されていました。

 その奥に東京タワーの計画から竣功までの建設風景が展示されていました。

 そこで2つの発見がありました。東京タワーを設計した内藤多仲氏の設計構想のメモと完成予想図です。

 

 内藤氏は耐震構造の大家として東京タワーや通天閣など数々のタワーを設計しました。そればかりではありません。鋼構造の構造計算規準を作られた方でもあります。つまり日本の鉄骨造はこの方のおかげで構造計算ができるようになったのです。その鋼構造規準書は良くできていたと以前お世話になった構造設計の師から聞いたことがあります。

 

 そのメモは描かれたタワーのシルエットに風の影響でどの程度たわむか(曲がるか)を計算しています。先端部分が特に個別に計算されているようです。それだけ不安材料があったのでしょうか。

 その予感は別の意味で的中?したのかもしれません。ご存知の通り風ではなく先頃の東北東関東大地震によって先端が曲がりました。

 地震のエネルギは近年になって最大記録を更新し続けています。昭和33年当時の耐震基準に基づいています。関東大震災の小田原の震源地の2倍の960GALでも耐えられる設計にしたそうです。

 その他に基礎の杭と建物の全重量をメモしています。当初はコンクリート造でタワーを検討していたらしいのですが、コンクリートの重量に基礎が耐えられないとの判断で鉄骨造にしたそうです。

 当時の日本にはコンピュータどころか電卓もありません。今では知る人も少ない計算尺で構造計算をされたそうです。

 

 もうひとつの発見は完成予想図です。よく見ると第2展望台が描かれていません。ない方がスレンダーでカッコいいのですが、逆に電波塔の印象が強く人を近付けない無機的な感じもします。今も東京タワーの人気が衰えない理由は、もしかすると第2展望台があるためどことなく人間味が漂うからでしょうか。

 

 先の内籐氏のメモには第1展望台が記されています。二つの資料の関連や時間の前後関係は判りません。

 東京が木造2階建てで埋め尽くされた当時、それをはるかに凌ぐ333メートルの鉄塔を建ててたのですから、恐るべきパワとエネルギに満ち溢れていたのですね。工事も命がけ・設計も命がけだったのではないかと想像します。

 

  

間取りっち
建築コンシェルジュ

一級建築士事務所

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